産業医としてのキャリアを築く第一歩。
それは、多くの医師にとって「最初の1社目」をどう獲得するかという壁から始まります。
しかし、この壁は“紹介会社に登録すること”だけで越えられるものではありません。むしろ、その先のキャリアの自由度を大きく左右する重要な分岐点でもあります。
■ 「1社目の壁」がなぜ生じるのか
産業医を始める医師の多くが、最初に直面するのは「どうやって最初の企業と契約を結ぶか」という問題です。
臨床医としての実績は豊富でも、「企業で働く人の健康を支える」というフィールドは初めてというケースが多く、企業側も即戦力を求めがちです。
さらに、産業医制度そのものが一般的な医療機関とは異なる構造を持つため、企業も「どんな人に何を頼めばいいのか」が明確でないことがあります。
つまり、医師と企業の双方に情報の非対称性がある。それが、最初の契約を難しくしている最大の要因です。
■ 仲介業者を使うリスクと限界
近年は、医師向けの転職サイトや仲介業者が「産業医案件」を紹介しています。
確かに最初の一歩を踏み出す手段として便利に見えますが、そこにはいくつかの構造的な問題があります。
- 報酬が不透明になりやすい
仲介会社を経由すると、企業が支払う顧問料の一部が手数料として差し引かれます。結果として、医師に入る報酬が減り、労力に見合わない契約になることもあります。 - 条件や関係性を主体的にコントロールできない
契約内容・業務範囲・訪問頻度などが仲介業者を通じて決まるため、企業との直接対話が制限されます。
本来、産業医は「信頼関係を基盤に健康管理を支える専門職」ですが、代理交渉を挟むことで信頼の形成が難しくなります。 - 自分のキャリアを“他人に委ねる”構造になる
紹介を待つ姿勢では、どんな企業と出会うかを選べません。結果的に「安定だが挑戦のない案件」や「条件は良いが価値観が合わない職場」に流れやすくなります。
つまり、仲介業者は“便利なきっかけ”である一方で、長期的なキャリア形成の主体性を奪うリスクを持っているのです。
■ 自力で「1社目」を突破する3つの戦略
① 「お医者さん」像を捨てる
企業が求めるのは、単なる健康相談役ではなく「働く人の生産性を守るパートナー」です。
労働安全衛生法の知識だけでなく、経営目線・現場感覚・コスト意識を持つことが信頼獲得の第一歩になります。
現場巡視や面談を通して「安全と効率の両立」を提案できる産業医は、企業から長期的に求められます。
「自分は医者だ」という視点は捨てて、会社や従業員のサポーターであるという意識を持ちましょう。
② 産業医のネットワークを広げる
産業医の交流会や勉強会への参加、X(旧Twitter)などでの情報発信を通じて、自分の存在を“見える化”することが有効です。仕事を見つける上でのテクニックや情報は同業種から伝わってきます。孤軍奮闘するのではなく、キャリアの先輩が集まるSNSや勉強会に所属して交流を深めましょう。
③ 専属産業医で実績を積む
中小企業の嘱託産業医をいきなりはじめてようと思っても未経験から嘱託産業医を始めることはハードルが高いです。一方で企業に常駐する形の専属産業医は人手不足であり、窓口が広くなります。数年間専属産業医でサラリーマンとして修行を積んでから嘱託産業医デビューをするのも手堅いキャリアかもしれません。
実績を積みながら、巡視報告書や面談記録を整え、自分の「産業医ポートフォリオ」を作ると、次の案件につながります。
■ 嘱託・専属、それぞれのキャリア設計
● 嘱託産業医(非常勤)
臨床と両立しながら、複数社を担当する形が一般的です。
- 少しずつ契約社数を増やし、業種の幅を広げる
- 特定分野(メンタルヘルス・がん両立支援など)で専門性を確立する
- ゆくゆくは産業医事務所を立ち上げ、独立する
● 専属産業医(常勤)
ひとつの企業に深く関わり、労働衛生体制の構築に携わります。
- 大手企業で体系的な産業保健の流れを学ぶ
- 統括産業医として複数拠点をマネジメントする
- 経営層と連携し、健康経営戦略に携わる
■ 自分の手でキャリアを設計するということ
「1社目の壁」を越えるために必要なのは、紹介会社の登録ではありません。
必要なのは、自分で考え、自分で動く姿勢です。
企業に選ばれる産業医ではなく、
企業を選び、共に価値を生み出す産業医になる。
それが、長くこの世界で信頼されるキャリアの第一歩です。
■ まとめ
- 産業医のキャリアの出発点は「1社目」だが、それをどう越えるかで未来が変わる
- 仲介業者への過度な依存は、報酬・関係性・自由度を損ねる可能性がある
- 経営・現場・医療を横断的に理解し、直接企業と向き合う力をつけることが、本質的な成長への近道
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